1982/05/18 脱税容疑で、ニューヨーク地方裁判所から有罪判決。1973年から75年までの三年間で、7300ドルの納付義務があるにもかかわらず、脱税したとして、懲役18か月と罰金2万5千ドルを宣告された。
弁護団は、11/3、連邦高等裁判所に控訴し、アメリカの宗教界と民間団体は無罪請願書を相次いで提出した。
1983/09/13、連邦高等裁判所で原審が確定し、1984/05/12、最高裁判所において上告が棄却され、刑がそのまま確定。(真の父母経787ページより抜粋・要約)
弁護団は、11/3、連邦高等裁判所に控訴し、アメリカの宗教界と民間団体は無罪請願書を相次いで提出した。
1983/09/13、連邦高等裁判所で原審が確定し、1984/05/12、最高裁判所において上告が棄却され、刑がそのまま確定。(真の父母経787ページより抜粋・要約)
1984/07/20 コネティカット州ダンベリーの連邦刑務所に収監
(iyo )アメリカでの監獄は、さすがに日帝時代や第二次大戦直後の監獄とは違って、拷問や過酷な労働のようなものはなかったようです。
私はアメリカに定着した最初の年に、世界各国から送られた宣教献金をニューヨークの銀行に預金しました。アメリカでは宗教活動に使う基金は宗教指導者の名義で銀行口座に入れておくのが伝統的な慣習です。ところが、この銀行口座の預金から発生した三年間の利子所得を、私が所得として申告せず、脱税したと嫌疑をかけて、ニューヨーク連邦検事局は私を起訴しました。(自叙伝p194)
今、アメリカで、お父様が脱税したと言って大騒ぎしています。私がこの国のためにどれほど多くのお金を使ったか分かりません。それは、アメリカが自由世界の中心国家だからです。衛星国家を犠牲にしても、アメリカを保護することによって、世界に公的な基盤を築くためです。アメリカが自由世界の中心なので、自由世界の一部を犠牲にしても、中心国家を生かすことにより、全世界が助かるというのです。(真の父母経787ページ)
今、法廷闘争をしながら「ワシントン・タイムズ」 をつくっています。数千万ドルかかるのですが、そのお金を、世界とアメリカのために投資するのです。共産党を防ぎ、アメリカを救うために投資するのです。
・・・・(中略)・・・・
自由世界とアメリカのためにしたのです。それなのに、一万ドルにもならない所得税を出さないために、陰謀を企てて脱税をしますか。話にもならないというのです。 (真の父母経789ページ)
(iyo )「ワシントン・タイムズ」は、先生がつくった新聞社で、ワシントンでは、「ワシントン・スター」が廃刊になり、リベラルな「ワシントン・ポスト」だけになってしまうのを心配して創刊したとか。
アメリカは私に反対しましたが、私はアメリカを愛しました。アメリカ人以上に国のために生き、国を愛する位置に上がっていかなければなりません。そのようにしなければ、復帰歴史が成就されません。アメリカの国民の中で、自分の国を愛し、そのために尽くす愛国者たちよりも、私がその人々以上にアメリカを愛したという条件を立てられなければ、帰る道がありません。
ですから、「ワシントン・タイムズ」 を造るとき、最初に支払うお金を法廷のテーブルで決裁したのです。私をたたき潰そうと、すべてが追い立てるその中で、アメリカを生かしてあげるために「ワシントン・タイムズ」 を作りました。(真の父母経811ページ)
・・・・皆さんが私の活動を理解するならば、本当に私が税金を詐取するためにアメリカに来たと信じられるでしょうか。
事件の発端は、税金問題ではなかったのです。これは、政府による教会内の問題に対する侵害でした。私が有罪判決を受けたのは、私の宗教的な信念と活動以外に、いかなる理由もありません。これから私は、教会の世界本部を、この国のために祈り続けるダンベリー刑務所に移すでしょう。私が神様に感謝することは、人類の歴史上、最も困難な時期に、私を宗教の自由守護のための指導者として、アメリカの霊的な覚醒運動に火をつける道具として用いていらっしゃることです。神様の祝福がアメリカに臨むことをお祈りします。(真の父母経803ページ)
アメリカのレーガン大統領が、ニカラグアに対する千四百万ドルの支援案を国会に提出しましたが、拒否されました。だからといって、アメリカに住む二億四千万の民がいくらでもいるのに、神様は何がもどかしくて、ダンベリーにいるお父様を夜中に起こし、呼び出して命令を下されるのでしょうか。「あなたがすぐにしなければならない」と言われるのです。・・・・(中略)・・・・責任者たちを呼び寄せ、「ワシントンタイムズが中心となってアメリカ国民を通じて千四百万ドルの募金を集めよう」と言ったのです。「私たちが責任をもとう」と言って立ち上がりました。それをしなければ、一か月以内に、私が即刻、現金で支払うつもりでした。・・・・(中略)・・・・「編集局長に直接電話をかけて伝えなさい」と言いました。そうして、ワシントンタイムズがこの募金運動を行って、ニカラグアを後援したいと思うすべての国民を動員したのです。
お父様の立場を神様が助けてくださり、巨大なアメリカの世論が七週で完全にひっくり返りました。このようになって、国会で二千七百万ドルの支援案を再度審議して、通過させたのです。(真の父母経812ページ)
ダンベリー刑務所に収監中の1985年2月28日、三十万人以上のアメリカの聖職者たちに、宗教の自由と和合を促す新書と原理講義のビデオテープ、そして「原理講論」をはじめ、み言集を送られた。また、キリスト教の聖職者七千人に対する教育を指示され、彼らを韓国と日本などに招請して、「統一原理」公聴会を実施された。(真の父母経814ページ)
私がアメリカに来た目的は、キリスト教を救うためです。キリスト教の牧師たちを何としてでも動かして、アメリカを神様が願われる方向に導いていきながら、世界のキリスト教を連合し、世界の国家を神様のみ旨の真ん中に引っ張っていこうというのが、神様のみ旨です。ですから、アメリカの教会の牧師たちに対して、神様のみ旨の方向に向かわせることが、私がアメリカに来た目的です。
・・・・(中略)・・・・
新しいアメリカをつくるためには、共産主義に対して勝利しなければならず、家庭破綻と青少年の淪落を防がなければならず、キリスト教の新しい復興を起こさなければならないというのです。そのようにしなければ、アメリカを生かす道がありません。
アメリカは、キリスト教というものが名前だけ残り、人本主義と拝金主義と共産主義が表面に立って国を動かしている立場にあります。今になってようやくアメリカ政府は、これがキリスト教にとって怨讐となり、キリスト教に反対するものになることが分かりました。国会では、宗教に有利な法の条文を何度もひっくり返し、自分たちの側に立って神様とは遠い立場に引っ張っていくことが分かりました。(真の父母経815ページ)
1985年7月4日、ダンベリー連邦刑務所を出所され、ニューヨークの外れにあるブルックリン、ハーフウェイ・ハウスに移監されたのち、残りの刑期を終えられ、1985年8月20日午前零時、完全に出監された。模範囚に選定され、刑期が五か月短縮されたのである。(真の父母経821ページ)
(iyo )ダンベリー刑務所の記録は、それ以前に経験した刑務所の記録とは違い、ずっと後の出来事でもあり、量的にもとても多く掲載されています。内外さまざまな観点から・・・・宗教的、歴史的、個人的、公的にも・・・・書かれています。「獄中での受難が示す教訓」という題名の文章もあります(真の父母経826ページ)。・・・・刑務所の総まとめです。
ここでは、薄情なくらい(?)あっさりと抜粋させていただきました。
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