1954年の協会創立とともに、摂理の主流は、キリスト教の一世圏から二世圏に移された。大学において、学生たちを中心に、「統一原理」が伝播し始めた。(真の父母経765ページ)
1954年に、統一教会という看板を掛けて出発するようになりました。その時もやはり、韓国において国家的な反対が起こりました。全体が反対しました。監獄に入る事件が起きたのです。(真の父母経779ページ)
一世に対する摂理は、一世である当時のキリスト教指導者たちを一つにすることでしたが、彼らが神様のみ旨に反対する立場に立ったので、再び、二世たちを中心とした糾合運動が起きたのです。梨花女子大と延世大の事件は、それゆえに起きました。(真の父母経766ページ)
キリスト教を基盤として出発しなければならないのが統一教会の運命ですが、キリスト教を失ったので、キリスト教と対等な教団を再びつくらなければなりません。それで、キリスト教の二世たち、キリスト教から追い出された二世たちを集めて基盤を築き、苦労させながら歴史的なすべてのものを蕩減していかなければならないのです。(真の父母経767ページ)
1955年の三月から七月の間に、梨花女子大学と延世大学は、統一教会に通っているという理由で、教授と学生たちに「学校か、教会か」という二者択一を迫った。このとき、梨花女子大学の教授五人と学生十四人が、毅然と退職、退学の道を選んだ。そして、延世大学でも、教授一人が退職処分を受け、学生二人が強制退学になった。(真の父母経768ページ)
梨花女子大の事件当時、あと六か月あれば、三百人以上が暮らしていた寮が完全にひっくり返るようになっていました。燎原の火のごとく広がってゆくのを防ぐすべがなく、学校全体がどれほど切迫していれば、学生たちに「二者択一しなさい」と言うでしょうか。(真の父母経769ページ)
当時、梨花女子大と延世大さえ復帰され、反対していなければ、韓国のキリスト教はすべて復帰されるようになっていました。(真の父母経770ページ)
梨花女子大学と延世大学の教授および学生たちの退職・退学事件は、真のお父様の受難へと続いた。キリスト教団体は、統一教会で起きた神霊の役事を、様々な流言飛語で妨害した。1955年7月4日、真のお父様が兵役法違反と徴発特別措置令違反の容疑で警察に連行、拘束される、いわゆる「七・四事件」が起きた。その後、教会幹部の四人も相次いで拘束された。(真の父母経771ページ)
キリスト教徒たちは統一教会に対して、最初はキリスト教の歴史における邪教集団を悪く言いながら、「彼らと同じだ」と言いました。すべてをなすりつけるのです。(真の父母経771ページ)
梨花女子大と延世大の事件の時にも、政府の五大長官(大臣)が出てきてお父様をたたき、統一教会を全滅させようとしました。罪状がないので、兵役忌避でたたこうとするのです。兵役忌避でたたこうとして、彼らは、「年齢を二歳も上げて兵役を逃れようとした」と言いました。ところが、いくら調査してみても、引っ掛かるものがないので、無罪で釈放されたのです。(真の父母経773ページ)
私が刑務所に入っていれば、我先にと刑務所に面会に行こうとするのです。また、統一教会員たちは、午前八時以降に面会ができるのに、夜中の一時から列をつくって座りながら待っているのです。それが、西大門刑務所での記録です。ですから、人々が「人々を狂わせるにしても、どうやったらあそこまで狂わせることができるのか」と言ったのです。午前八時が過ぎてから面会ができるのに、夜中の一時から列をつくっているというのです。(真の父母経775ページ)
1955年10月4日、真のお父様は、ソウル地方裁判所で無罪判決を受け、釈放された。(真の父母経778ページ)
大勢の人たちが、「統一教会の文何某は裸になって踊る」と言いますが、私が本当に裸になって踊って批判されたのなら、恨むこともないのです。裸になって踊るのを見物したこともないのに、裸になって踊る魁首にさせられています。そのようにして、大韓民国の国民が福を受けられるなら、それは善いことです。
ですから、すべてを甘受しようというのです。彼らが民族を愛し、国を愛する愛国心の発露からそのようにしたのであれば、私がそれを神様のみ前に神聖で義なるものとして紹介してあげましょう。(真の父母経780ページ)
平凡なことをも、絶対的な価値の基準に上げるのは、受難の境地でのみ可能です。皆さんが、獄中生活の中や、厳しい飢饉の状況に立たされれば、分かるでしょう。試練や受難は悪いことではありません。試練や受難の中で、生命の価値を立てていく力と希望と欲求をもった人にとっては、その試練と受難の困難が、困難としてだけで終わるのではなく、未来における喜びの刺戟となり得るのです。また、未来の喜びだけでなく、希望の国を訪ねていくことができます。
困難を克服しようとする希望をもっていれば、その場から喜びの天国を成就することができます。困難を克服しなければ、どんな希望も成就されないので、愛の神様は、この先に迫りくる試練の舞台を克服できるように、人間を鍛錬させるのです。ですから、その鍛錬の過程は、鍛錬自体で終わるのではなく、喜びの刺戟をより価値あるものとして感じられる、一つのプレゼントとして下さった受難の道だというのです。このように考えるとき、その受難は悪いことではなく、困難も悪いことではありません。それが、私たちの幸福の基盤となり、あすの幸福を相続できる要因になるのです。(真の父母経781ページ)
今までの歴史の過程を見る時、歴史の主人公は、その時代で受難の峠を克服しながら、その国の希望を抱いて闘ってきた人たちです。そのような人たちが、歴史の主人公です。聖賢たちは、天意に従い、人間の世の中で肯定するものを否定するのみならず、世の中の方向を変え、希望の世界に向かって自分の一身を捨てて、その理念とともに環境の試練を克服してきた人です。
その聖賢の人生は悲惨ですが、その心の内で受けたすべての苦しみが、かえって喜びの世界と関係を結ばせる動機になったのです。(真の父母経782ページ)
1957/08/15 韓国語版「原理解説」発行
1958/07/15 崔奉春日本宣教師派遣
1959/01/02 金永雲アメリカ宣教師派遣
0 件のコメント:
コメントを投稿