2022年1月3日月曜日

取って食べないという責任分担

 アダムとエバの前に置かれた責任分担は、一度誤れば億千万年の間、人間にとって癌となる恐ろしい落とし穴となります。
このような責任分担を果たすべき立場にいるアダムとエバなので、神様はサタンの攻撃があることを予想し、「取って食べてはいけない」と警告したのです。
それにもかかわらず善悪の実を取って食べたので、それを見つめる神様の心はどうだったでしょうか。
そのような立場から外れていく瞬間にも、神様は「お前だけはそうしないだろう」と信じたかったでしょう。
(天聖経398ページ)

人間には責任分担があります。
神様が人間に責任分担を与えた目的は、神様の創造の偉業に同参させるためです。
95パーセントは神様が造り、5パーセントは人間が造ることによって、人間を創造するとき、神様だけが創造したのではなく、人間も自ら創造したという条件になるというのです。
・・・・(中略)・・・・
しかし、有史以来、責任分担を完成した人がいません。
責任分担というもの自体を知らなかったのです。
(同401ページ)

神様は、どうして人生の中に責任分担をたてたのでしょうか。
全知全能の方なので、その全知全能の創造性までも賦与し、また永遠不変の愛の主体であられるので、その愛の主体を身代わりできる位置に立てるために、責任分担を与えざるを得なかったのです。
これは福の条件となり、全体を占領できる一つの鍵のようなものなので、これを与えざるを得なかったのです。
しかし、この責任分担が問題となり、堕落したのです。
・・・・(中略)・・・・
なぜ責任分担をあたえたのでしょうか。
それは、人間に無限で高貴な価値を賦与するためであり、神様の創造の偉業に加担させるためです。
もし人間に責任分担を賦与していなければ、人間は神様の愛に相対できる対象の位置に立てません。
神様が100パーセント造ってあげてはならないのです。
95パーセントは神様が造り、5パーセントは人間が責任を持つのです。
(同400ページ)

神様は、人間が堕落するとき、なぜ干渉しなかったのでしょうか。
絶対的な創造主として認定した以上、完成するまでは人間自身が責任を負うようにしなければなりません。
中間で干渉すれば、絶対的な権限の基準が崩れるというのです。
神様は偉大な方です。第二創造主の権限を委ねるために、そのようになされたのです。
(天聖経406ページ)

アダムとエバが堕落する前、神様に先に尋ねていたならば堕落しなかったでしょう。
「天使長がこれこれこのように言うのですが、どうしましょうか」と尋ねなければなりませんでした。
そのようにしていれば、神様が答えたはずです。
この尋ねてみることが、責任分担の5パーセントです。
(同412ページ)

*上記文中で5パーセントという表現は、非常に少ないと言う意味で、実際の割合を表すものではありません。95パーセントというのは、ほとんど、あるいは大部分という意味です。

春になれば、自然と木に花が咲きますが、木が花を咲かせるようとすれば、花を咲かせるぐらいに成長しなければなりません。今ようやく芽が出たというのですが、そこで花を咲かせることができますか。花が咲くことを願うあまり、早く大きくならなければならないと考えて、木を引っぱってよいのですか。抜けてしまえばそれで終わりです。花は自然に咲き始めなければなりません。ですから、信仰の道は、焦ってはいけないというのです。千年史を創造していく道なので、焦ってはいけません。(天聖経776ページ)

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