2022年2月24日木曜日

地上生活と霊界の関係

人間の構造をよく見ると、神様は、本来人間を二重構造で創造されたことが分かります。
有形世界である現象世界の縮小体として肉身を創造され、無形世界の代表であり、主人として立てるために霊人体を創造されました。
したがって、人間は、地上界で百年くらい生きて肉身の役割が終われば、自然に、そして自動的に無形世界の霊界に入っていくようになっているのです。
このように霊界は、肉身を土台として生きている私たちの目では見ることができないだけであって、地上生活の自動的で必然的な延長です。
神様が創造してくださった、人間の永遠の本郷なのです。
霊界は、このように厳然として存在します。妄想の世界でもなく、想像の世界でもありません。
これは、人間の選択権の外にあるのです。良いからと言って行き、嫌だからといって行かなくてもよい、そのような世界ではありません。
神様が永遠不変の方であられるように、御自身が創造された霊界も永遠不変なのです。
私たちが地上界で、肉身をもって現象世界と様々な関係を結んで暮らすのと同じように、霊界でも人間は、霊人体をもって霊界のすべての現象と密接な関係を維持して生きていかなければならない宿命的存在です。
人間の霊人体と肉身の関係について見るとき、より重要なのは、肉身ではなく霊人体です。
肉身は百年くらい生きて死ぬのですが、霊人体は、時間と空間を超越して永生します。
いくら地上界で良い服を着て、良いものを食べ、裕福に暮らす人も、結局、死ぬのではないですか。
したがって、皆様の人生は、霊的な基準と肉的な基準をよく調和させ、霊肉が一つになった完成実体を形成して暮らしてから逝かなければなりません。
現象世界であり有限世界である地上界の人生で、肉身を土台として霊人体を完成させる責任があるということです。
ところが、霊人体の完成は自動的にやってくるのではありません。
必ず真の愛の実践を通して、体と心が完全一体になった人生の土台の上で、初めて完熟した霊人体が結果として実って行くのです。
皆様。秋になって、倉庫に入って行く、良く熟した果物になるためには、春と夏という過程を経ながら、自然界が提供してくれる栄養素と主人の細やかな世話が絶対に必要です。
無精で見識の無い主人に出会った果樹園の果物は、あらゆる疾病と悪天候に悩まされ、熟すこともできないまま落果したり、虫に食われた果物として選別されたりしてしまうでしょう。
果物は果物ですが、全てが同じ果物というわけではありません。すべての果物が、市場に出して売れる完成品になるわけではないのです。
木の上で完熟した果物は、自動的に主人の倉庫に入っていきます。同じように、人間の霊人体は、木と同じ立場にある地上界の人生で完成してこそ、自動的に無形世界である霊界の天国に入って行くのです。
言い換えれば、人間は、肉身を持って暮らす地上界の人生で、完熟した人生、すなわち、この地に天国を形成し、楽しく暮らしてから逝ってこそ、自動的に天上天国に入場するようになるのです。(平和経1571ページ)

地上の生活と永生の生活は、別々ではありません。地上の生活も重要であり、永生の生活も重要です。永遠の生活は、地上生活からつながっているという意味です。二つとも重要ですが、今日この地に生きる人たちは、永生の概念を知りません。この地の生活が重要だと思っています。・・・・(中略)・・・・それは、互いに向き合って動きます。地上世界が上がれば永生世界(霊界)も上がり、地上世界が下がれば永生世界も下がります。一方が回れば、他方も同様に回ります。それで、現世においてそれを実感して、永生にプラスさせる生活をしなければなりません。永生と現世は分かれません。天国と地獄を明らかにしなければそれが分かりません。したがって、永生と地上生活の重要性を感じながら働きなさいというのです。(天聖経758ページ)

皆さんの良心が自分の生涯をすべて知っているように、すべての内容が霊界のコンピュータに入力されます。霊界に行って名前を入力すれば、その人の生涯が一瞬にしてすべて出てきます。霊界は時間と空間を超越しているので、その場で、あっという間にすべての生涯の記録が分かります。ですから、良心は、永遠の世界のコンピューターのボタンです。知っていることがそのまま入力されます。良心のの呵責を受けることがあれば、それがそのまま入力されるのです。良心の呵責を受けない人生であれば、きれいな障害として記録されます。霊界に行って弁解できません。自分が生きてきた一生の姿が、そのままはっきりと見られます。そのような世界があることを知って、その世界に通じることができ、その世界を迎えることができる準備をする訓練所が地上世界です。(天聖経762ページ)

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