2022年2月13日日曜日

理想世界、絶対価値圏

 (注.以下に「服従」という言葉が出て来ますが、日本語での通常の意味とはちがっていて、「自らが我を忘れて、相手を大切に思って尽くす(仕える)」というような意味と理解するのがいいかと思います) 

子女として造られた人間が成長して完成し、神様から祝福結婚を受け、真の子女を繁殖し、真の永遠の理想天国を成し遂げて生きる姿を見て、喜びを感じようとしたのが神様の創造目的でした。

愛の主人となる道は、まず相対のために自分を徹底的に犠牲にして投入する、そのような真の愛の実践を通して開かれるようになります。
神様は人間を創造されるときも、まず御自身が絶対信仰、絶対愛、絶対服従の基準を立てて、100パーセント投入されたのです。相対圏を絶対価値圏として立てるのです。

愛の主人は、独りでなるものではありません。
必ず対象を通して成立するものなのです。
この絶対的価値圏の愛の原理の前では、神様も同じなのです。
子女がいなければ、父母は永遠に愛の主人になれないように、神様御自身が絶対愛の主人の位置に立つためには、その相対圏である人間を、絶対愛の価値圏に立てなければならなかったのです。

絶対主体と絶対対象の価値観が生まれて、初めて完成するのです。
宇宙の秩序を見れば、大きいからといって、小さいものを無条件に犠牲を強いて、摂取するようにはなっていません。
ヘレニズムに基づいた弱肉強食による適者生存の理論は、根本的に間違っています。
ために存在し、真の愛で投入して忘れる絶対服従の対象として、主体的愛の主人として完成させようという絶対価値観を、彼らは見落としているのです。

真の愛を排除すれば、闘争概念だけが残るのです。
しかし、神様の「創造原理」は、闘争を通した生存と発展ではありません。
主体と対象の関係の中で相互に授受作用をしながら、絶対価値観に基づいて調和統一を追求するのです。
「小」が「大」のために犠牲になるとしても、それを闘争と見てはいけません。
相互発展のための投入と見なければならないのです。
個人は家庭のため、家庭は国家のため、そして国家は世界のために譲歩し、犠牲を甘受することが、どうして闘争と言えるでしょうか。

このように、絶対的価値圏とは、まず相対を真の愛の主人格として立ててあげる真の愛を完成させるためのものです。
・・・・(中略)・・・・
「前」と「後」のことを考えてみてください。
「前」という言葉を語るそれ自体が、既に「後」を前提条件として認めているのであり、「上」という言葉も「下」を先に認めてこそ成立する言葉であり、「左」は「右」を前提とする言葉です。
同じ論理で、「男性」という言葉も「女性」という存在が先にあってこそ成立するものです。
すなわち、男性は女性のために生まれたのであり、女性は男性のために生まれたと言うことができます。
男性がいなければ、女性は必要ありません。
同じように女性がいなければ、男性は存在価値がないのです。
結局、自分のために生まれたものは一つもないということです。

すべての存在物は、相対のために存在し作用するのです。
相対的関係によって理想郷に向かうように創造されたという意味です。
人間の五官について考えてみてください。
皆様の目は自分の目そのものを見るために出来ていますか。
目、鼻、耳、口、手、これらすべては相手のために生じました。
そうであれば、この五官を総動員し、生命を維持して活動を続けるようにする力は何でしょうか。
真の愛の価値観を完成させようとする力です。

私たちの五官は、真の愛を実践するために必要なものとして生じた道具にすぎません。
このように、自分のためにできたものは一つもないのです。
相対のために与え、愛で犠牲となり、服従で愛の主人を完成させる生き方こそが、神様の創造理想にかなった生き方なのです。
相対のために創造されたのですから、当然のこととして、相対のために生きてあげなければならないのは天理なのです。
そこから真の愛の絶対価値が創出されるのです。
(平和経1114ページ)


人間の生活の中で、ために生きる真の愛があらゆる相関関係の基本ですが、これは父母の真の愛を動機として体恤するものです。
神の真の愛を根とした父母の真の愛は、人間の個体を完成させるようになります。
完成した個体が真の愛の理想的な夫婦となった家庭において、彼らの子女に真の愛を伝授するようになるのが創造の秩序です。
地上の理想世界は、完全な一人から、真の愛による家庭、社会、国家、世界に拡大していきます。
現在の世界は、このような理想世界とは、その出発を異にした世界です。
神様の創造原則のうち、最も貴い真の愛の秩序から人間が離れた、堕落の結果が拡大してきた世界です。
神様の創造秩序を度外視したまま、人為的な組織形態や法則、秩序だけを重視する現在の世界は、理想的な個人、家庭、そして民族を養成することはできません。
(天聖経84ページ)



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