2022年1月17日月曜日

神様の存在

磁石にはプラス極とマイナス極がありますが、その極の間に絶縁体や紙のような妨げとなる物質があれば、それを貫いて作用します。
それがだんだん厚くなれば、作用はだんだんと鈍くなります。
さらに厚くしておけば、作用しないように見えるのです。しかし、作用はしているというのです。

それと同じように、人間が堕落したために神様と人間の間に何かが挟まっています。
これが全て塞がったように見えるのですが、良心はそこに向かっていつでも作用するのです。
これを開け放つ日には、その作用が強くなるのです。
その間の絶縁体を1つ1つ取り除いてしまえば、だんだんと強くなるのです。
それを全て取り除いた時には、完全に通じてしまいます。
学ばなくても、全て分かるようになるというのです。
(天聖経457ページ)

 
神様は「私」が存在する前にいらっしゃったのであり、私が考える前にいらっしゃったのであり、私のすべての感覚、私の一切を主管するお方です。
それを認識することが何よりも重要な問題です。
知って認識するのが原則ではありません。
認識して知るようになっているのです。
寒ければ寒いことを知って感じるのではなく、寒いことを感じて知るのです。
これと同じように、神様がいらっしゃるとすれば、神様がいらっしゃることを感じなければなりません。
細胞で感じなければなりません。
その境地が問題です。
(同23ページ)

皆さんは、漠然と、観念的にのみ神様の実存を認識してはいけません。
論理的な面でのみ神様の実存を認識しようとすれば、無理があります。
なぜなら、論理圏内だけにとどまる神様ではないからです。
(同24ページ)

私たちの周囲において、私たちも知らないうちに繰り広げられている天下の万象が、神様の愛と共に存在するものであるという事実を知りませんでした。

神霊的な境地に入ってみると、小さな砂一粒にも宇宙の道理が入っていて、一つの原子にも無尽蔵の宇宙の調和が入っていることが分かります。
存在するすべてのものをよく知ることはできませんが、ある複合的な力を通して現れた結果であることは否定することができません。
分子を越えて原子、原子を越えて素粒子のようなものは、無意識的に存在するのではなく、ある意識と目的をもって存在するのです。
したがって、存在するすべてのものは、神様の愛のみ手を通って出て来たものであり、必ず神様と心情的な関係を結んで存在しているというのです。
天地万物は神様に似ています。万物は神様に象徴的に似て生まれました。
人は神様に形象的に似て生まれました。
(同93ページ)

神様がいるか、いないかについて、少しの間お話して見ましょう。
 私たちが人類始祖を求めてさかのぼれば、最初の人類始祖がでてくるでしょう。・・・・その生まれた最初の人類が、大地に生まれるとともに、太陽があることを、それ自体が知っていて準備して出て来たか、そうでなければ、それ自体は知らずに出て来たかということを考えてみます。
この地に出てくるとき、目は太陽があることを知らなかったでしょう。
しかし、それ自体は知らなかったとしても、あらかじめ天体に太陽があって、見ることが出来ることを知り、目をそのように生じさせたのです。
皆様の目をみるとまばたきしています。
それは、地の熱を受けて目の水分が蒸発するので、湿らせなければならないことを知っていたからです。
また、まつげは、ほこりを防止しなければならないことを知って生じました。
これを見れば、人間は博物学的、天文学的知識を基盤として生まれたということです。
そして、目はあらかじめ汗が流れて来ることを知っていました。
それを知って、この貴重なところに異物が入れば大変なことになるので、防波堤をつくっておいたのです。
そして、人が立って行き来することを知っていたというのです。
また、耳をみてください。あらかじめ音波が来ることを知って、それを聞き取れるようになっています。
また、鼻をみてください。
鼻がなぜこのように下にむかうようになっているかというのです。
鼻に汗や雨水が入ってはいけないので防波堤をつくって下に向かうようにしたのです。
すべて知ってつくられたというのです。
それらが自然にそのようになるでしょうか。
このように私たちの人体を見れば、神秘の王宮のようになっています。
これがただそのままそのように生じることはありません。

このように見るとき、人間が生まれるとき、自分自身は知りませんでしたが、それを知っていた方がいたか、いなかったかということが問題になります。
(平和経359ページ)


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